スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

ちょっとマジメな話。

土曜日は旧フリーダムさん主催の鯖統合記念イベントがありましたね!!
あたしは参加できなかったので、みなさんのブログを見てうらやましがってる日々です!
しかし王様のブロガーイベの時といい今回といい・・・
あたしはなぜこうゆうイベに参加できないのだぁぁぁぁヾ(`Д´*)ノ
毎日INして暇人してるのにぃぃ大事なときにINできないぃぃぃウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━━━ン!!!!

あ、今日はTERA日記じゃなかった。あまりのうらやましさに取り乱しました(*´Д`)=з





さてさて、昨日は専門学校時代の友人の結婚式で半蔵門まで行ってきました!!
半蔵門とか行ったことなくて、最初、警視庁があるところでやるのか!すげぇ!とか思ってました。
そんなあたしが1人でたどり着けるはずもなく。。。
誰か!あたしの面倒を見てください!と騒いでいたところ、遠方の友達が前日に東京に来ることになったので
我が家に泊まっていただいて、家を出る時点から1人じゃないという安心感いっぱいで向かうこととなりましたw

ホテルでその他の友達たちとも合流し、まかされていた受付の仕事も得意のスマイルで無事終わりました(●´艸`)ヾ

友達の新婦さんは妊娠7ヶ月で、かなりお腹も目立っていました。
前々から電話で「こんなデブデブしてるときに式あげたくなぁい!誰も見たくないだろうしぃ!!」
なんてぎゃーぎゃー言ってましたが、
きれいなドレスを着てお父さんとバージンロードを歩くその姿はやっぱり美しくて、涙が出てしまいました(ノд-。)クスン


実はこのお二人、新郎さんは婿養子に入るかたちになりました。
あたしのダンナさんも婿養子なこともあって、随分前から相談を受けていました。
うちは別に家業をやっているわけではないのですが、友達の家は代々続く鍛冶屋さんで、
婿になるということは弟子になり跡継ぎになるということです。
友達もあたしも、ダンナのほうから「婿になる」と言ってくれたんですが、
はっきり言って申し訳なさでいっぱいになります。

ちがう家の家族になることは少なからず我慢することが多々あります。
それを女性は耐えられても、ただでさえ家族を養うという責任を負う男性に耐えられるのかと思ってしまうのです。
ましてや弟子入りするので、仕事上の上司でもあるわけですし。。
しかしダンナさんの意思は固く、数年前から弟子入りして修行をはじめ、結婚に至ったわけです!

その過程を知っているだけに、なんかもう両親への手紙のときなんて新婦より泣いていましたね、あたし。
そしてさらに泣いていたのが、新郎のお父さんでした。
「見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」と言いながらも
涙を止めることができないその姿を見て、あたしのダムは完全に決壊してました;;;;


同年代の友人たちが多かったせいか、堅苦しくなくワイワイアットホームな披露宴でとっても楽しかったです♪
春に生まれてくる赤ちゃんが元気に成長しますことと、お二人の幸せをお祈りしております\(*´▽`*)/






今回、結婚式とは別に、もう一つ嬉しいことがありました。
うちに泊まった友達は福島の子で、震災後はじめて会えたことです。

ここから先は東日本大震災で感じた個人的なことをつらつら書くので、
不快な思いをされる方もいると思いますが、あたしの中でのひとつのケジメとして書きたいと思いました。
ご容赦くださいませm(_ _"m)ペコリ


3月11日、あたしは仕事中でしたが今までに経験したことのない揺れを感じ、
すぐに避難できるようにお客様と準備をしていました。
大きめの余震が一度きたあとは落ち着き、ワンセグで状況を確認しました。
震源が東北ということで、すぐに福島にいる友達の安否を確認しようと思いましたが、
通話はできなかったのでメールを送りました。
幸い、海から離れていたので家も津波の被害はないとのことで、安心しました。

しかし、あの原発事故が起きたのです。
福島第一原発から30km内の人は避難ということになりました。
(正しくは20~30km圏内は避難準備区域だったと思います)
友達の家は南相馬市で、原発からは31kmのところにありました。
2回目の爆発が起こり、家族全員で自主避難したそうです。

避難所はかなり大きい体育館で、入る前に放射線量をはかる検査をうけることもできて、
食料なども困ることはなかったそうです。
しかし、避難所生活で日に日に疲れとストレスが溜まっていくのがわかりました。
プライバシーなどなく、お風呂も入れず、ありがたいけれど毎日同じものを食べていて。
原発の情報を得ようとひとつしかないテレビにたくさんの人が集まって。
政府からの情報はほとんど降りてこず、根も葉もない噂ばかりが飛び交っていたそうです。

そういった避難所の状況と、ここにいるのが辛いと言われたとき、
あたしはなんて声をかければいいのか、まったくわかりませんでした。
避難の経験もなく、彼女が置かれている状況を想像すらできない自分が何を言っても、
薄っぺらい言葉にしかならないんです。
この時ほど自分の無力さを感じたことはありませんでした。

彼女のためにあたしができることは、話を聞くことしかありませんでした。
避難所ではみんなががんばっていて、我慢をしていると思います。
そこで不満を口にすることはできないんじゃないかと思いました。
だから、聞くことしかできないけど、愚痴ならいくらでも聞く!と言うのが精一杯でした。


しばらくして、家族みんなで家に戻りました。
避難解除されたわけではありませんでしたが、もう限界でした。
家に戻ってからも食料がなかったり、水道が使えなかったり、窓も開けられず、
洗濯物を部屋干ししてカビが生えたりと元通りとは程遠い生活でした。

そんな時、友人の結婚式の招待状が届きました。
新婦も彼女のことをとても気にしていて、交通費とホテルは気にしないでと言っていました。
あたしも心配だったのでうちに泊まるように言いました。
ところが、彼女が気にしていたのは放射線でした。
「放射線量が多いところから行って、嫌な思いをする人がいるんじゃないかな」
この言葉を聞いたとき、はじめて彼女に本気で怒りました。
そんなこと気にしてほしくなかったんです。
上手く言えないんですが、そんな理由で欠席することは、新郎新婦にも失礼だと思ったんです。
彼女の状況を知っていて、招待状を送ってもいいのか新婦も悩んだと思うんです。
それでも、みんなで会うきっかけを作ってくれたんです。
その気持ちにこたえてほしいと説得しました。
彼女は何も気にせず、お二人を祝いみんなとの再会を楽しむと約束してくれました。


式が終わったあと、彼女を新宿駅まで見送りに行きました。
別れ際に、「勇気を出して来てよかった。ありがとう!」と笑顔で言ってくれたとき、
あたしはやっと、ほんの少し彼女の力になれたような気がしました。


まだまだ、何も終わってなくて、何も元通りになってないと思います。
彼女は何度か、「原発事故さえなければ」と口にしていました。
それを、福島の人たちはいつも思っているのかもしれません。
そして、今までは気軽に他県へ行っていた人も、
彼女のように放射線を気にして踏みとどまっている人もいるかもしれません。
内部被爆検査はすぐに定員オーバーになってしまって、検査が受けられないそうです。
希望する人が全員検査を受けて、少しでも安心できるように一日も早くなってほしいです。


もうすぐ1年が経ちますが、仮設住宅や避難所で生活してる方、
原発事故で不便な生活をしてる方が元通りの生活に戻れるよう、
心からお祈りしています。
スポンサーサイト
[ 2012/01/30 13:23 ] 日々のこと | TB(0) | CM(2)






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。